転院しました!

イケメン祭りも終わり、筋肉王子とも別れを告げ、2月26日朝9時ごろ、部屋のみんなが車イスやらなんやらで華々しく(笑)玄関まで見送ってくれて、いざ新しい病院に! 

なのですが、嬉しさもありやっぱり不安もありで、、、


毎日、お祭り騒ぎのような入院生活だったので、今度はどんな生活が始まるのか、、、




今度の病院は、院長先生が、かつてオリンピックに医師として同行されたことがあったり、今はテレビのコメンテーターされていたり、〇〇バンドとか、音楽活動もしている、そのほかにもナンヤラカンヤラ(笑) とにかく華やかな病院です!


でも、8人部屋に案内されてビックリ!みんなカーテンを閉めていて誰もしゃべっていない!前の病院ではありえない事です。ついてきてくれた従姉妹が「瞑想ができるね」と言ったくらい静かでした。どうしよう、生きていけないわ!と思いましたが、夕食の頃には仲良くなれて、もうお祭り騒ぎしてました。(笑) なにしろ8人部屋なので、ほんとにいろんな人がいて、とても書ききれない面白い経験をしました。入院ってこんなに楽しいの!?デス。
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# by chilinh | 2016-08-19 18:34

転院します!

ここは救急病院なので、そう長く入院していることはできません。でもそう簡単には治らないので、みんな行く末を考えては不安になっています。身の振り方を考えなくてはいけない時期がすぐにやってくるので。

1、転院して治療を続ける。

2、この病院内の地域包括ナンタラとかいう病棟に移って、退院に向けてリハビルをする。

3、もうどうにでもなれと覚悟を決めて退院する。


選択肢はこの三つです。2番がいいかなと思っていたのですが、そこでリハビリがうまくいかなくても、もう他の病院に転院することはできません。退院に向けての指導がなされる場所だから、一ヶ月くらいで退院しなければなりません。

ここで、あの福山&ダルビッシュ似のイケメン先生が、

「一ヶ月じゃあ治らないと思うので、転院先を見つけたよ」と、おっしゃってくださり、この有り難いお言葉で、ワタクシの進路が決まりました。自分で転院先を決めるのもいろいろと大変なようで、、、他の人はずいぶん悩んでいました。ほんとにあの先生は私にとって神です!

ワタクシ、転院します!
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# by chilinh | 2016-08-09 11:04

救急病院での入院生活は・・

私の居た部屋は、「笑って治す!」がモットーだったので、手術の直後から笑わされっぱなしで、それはそれは楽しいというか苦しいというか(笑) 私の筋肉王子(リハビリの先生のことですよ、ついてきてくださいね!笑)も、私に出す課題は全部お笑い系でした。たとえば、

        カスカスカス   トゥース   ワカチコワカチコ   なんでやねん! 


分かる人は分かる、分からない人には何のこっちゃ!でしょうが、全部肩のリハビリの動きが入っています。肩を骨折した人はやってみましょう、はい! カスカスカス・・・


昼間はなんとか笑って過ごしていましたが、夜はまた別の世界に引きずり込まれます。たぶんみんながそうだったと思うんですが、何とも言えない痛みで目が覚めます。自分で体をなんとか修復しようともがいているような感じですかね。ほんと何とも言えない痛みですね・・・


痛み止めと睡眠導入剤は入院生活の必須アイテム!のようですが、私は一度も薬は飲んでいません。薬嫌いということもあって、大丈夫です!と言い張ってました。だって、痛いのは当たり前だし、まして眠るのに薬を使うなんて考えられない!デスよ。ドМとか野蛮人!と罵られますが。(笑)


私に一番効く薬は、やっぱり人の手です。リハビリの時、直接傷口の肌の上に手を置いてもらったら。気絶しそうなくらい気持ち良かったデス。何と言っても、直火炊き(?)が一番ですね。(笑) 

前に、母が入院していた病院で、隣のベッドの人がとても苦しんでいて、、、悪いかなと思いながらもあまりに苦しそうなので、ちょっと背中をさすってみたら、ものすごく感謝されて、人の手がうれしい!と言われたことがありました。その後も毎日さすらされましたが。(笑) 人の手には絶対に何かあると思います!


私のリハ担当の元野球少年さんは、とにかく体がいいので(たとえば、日ハムのあの二刀流選手を思い浮かべてください)気持ち良くて、でも痛いもハンパないので、なんかもう悶絶状態でしたね。

「その手をレンタルしてください」としょうもないことを言ったら、「僕は年俸制です」と断られました。でも、その返しは上手いデス!
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# by chilinh | 2016-07-31 13:52

リハビリ

手術後、リハビリの担当が正式に決まり、肩を動かす練習が始まりました。最初に、あおむけに寝た状態で「手を上げてみて」と言われた時に、「えっ!手を上げるってどうやればいいの!?手を上げるスイッチが見つからない!」という感じでした。手術で切れてしまった部分がいろいろあったんでしょうか。

その前にも、腕は胸にあてた状態でずっと動かせなかったので、それを下におろすのにもすごく時間がかかりました。肘が固まったようにように曲がっていて、肘の内側の筋肉をゆっくりゆっくりほぐしていって少しずつ少しずつ肘を伸ばしていきます。


リハビリ開始は、こんなレベルからですが、それを担当してくれたのが、元野球少年で、筋肉がいっぱいのS先生、立派な体を折りたたむようにして、ちまちまと固まった筋肉をほぐしてくれました。とにかくすべての筋肉がジャーキーのように固まってしまってました。こんなになるものかと驚きでしたが、この筋肉の固まりがこの先ずっと続きます。実は今でも固いね~と驚かれるほどです、なんでだろう?


この元野球少年のS先生、体がいいんですよ!むちゃくちゃ気持ちがええ!腕を動かす時に「僕に預けてください」と言われるんだけれど、今だったら、「何でも預けますよ!貯金通帳もハンコも、残高はわずかですが。」みたいな感じでしょうが、その時は、ただただ痛くて、せっかくのお言葉を無駄に聞き流しておりました、もったいない!しかし、今まで体育会系は苦手だったワタクシが、「男は筋肉よね~」などと言うようになりましたョ。(笑)
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# by chilinh | 2016-07-17 22:47

手術しました!

手術は、順番待ちなどで、事故から1週間後の2月5日になりました。たぶんこの1週間が一番辛かったと思います。初めてリハビリが入った時、最初に手が触れた瞬間に、!!!の衝撃がありました。痛みの海の底から引き揚げられたような・・・違う世界に連れて行かれたような・・・大袈裟ではなくそんな感じでした。今どうしたんですか?!と聞いたら、指一本で鎖骨の所をスーッと触っただけだということでした。今でも不思議なんですが、たったそれだけで他人を癒す力が人の手にはあるということでしょうか。そう言えば、「試してガッテン」で、背中をさするだけで病気が治っちゃった!みたいなのやってたような・・・。誰でも、そんな神の手のようなパワーを持っているとしたら、その手で他者を傷つけてどうするんだ!ですよね。

で、手術の話ですが、、、

手術の前の日は、怖くて眠れないとか聞きますが、私はうれしくて爆睡してました。(笑) だって、手術が終わらなければ回復の道に進めない訳だから。手術室に入ったら、すぐ寝てしまったので(もちろん麻酔で)部屋の様子や先生の顔などほとんど見れませんでした。残念!手術後はやっぱりちょっとたいへんでした。この私が食事に手を付けられなかったり、貧血でクラっときたり。ふつうの人間でした。(笑)



手術後の写真があります。ちょっと気持ち悪いですが・・・

e0003966_23421967.jpg

左手の方は手術ではなくて固定されているので、、、指がなくなったように見えますが(笑) 肩はバラバラになった骨を拾い集めて、、、みたいな感じでしょうか。ちょっと強烈ですよね。後になって、先生と話している時に、ひとり言のように「難しかったぁ」と言っていたのがかわいかったです。あのイケメン先生が。(笑)余計な話ですが、ほんとイケメン!私は福山に似てると思ったのですが、他の人はダルビッシュに似てると言っていたので、野性的な福山?とにかくすごいイケメン!余計な話ですが、(笑)
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# by chilinh | 2016-07-05 23:45

手術します!

しばらくして、今度はナースステーションに呼ばれて、、、
そこで、違う先生から、パソコンの写真を見せながらの説明がありました。と言っても、私は事故でメガネが壊れているうえに視力がすごく落ちていて、全く画像は見えませんでした。が、パソコンの方を向いて説明していた先生が私の方に目線を向けた瞬間に、


               ぁ、福〇雅治が居る・・・・



と思いました。つまり、イケメンだったのですね~(笑)




私が、怖がって手術をしないと言っている(そんなことはないのですが)と思われて、説得しようとしていたのかもしれません。この先生が私の主治医になったのですが、説明を聞いているうちに、手術?当然するよ!な気分になって、、、


            はい!手術します!       デス。(笑)




余計な話ですが、この病院、イケメンが多い!整形外科の先生、3人いらっしゃいましたが、なかなかでしたよ。(笑)特に、この主治医の先生は、すごかったです。(すごかったというのもおかしいですが) リハビリの先生も、みなさんイケてましたぁ。毎日イケメン祭してましたぁ。(コラッ!)
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# by chilinh | 2016-06-28 12:22

手術しません!

事故の翌日、骨折のレントゲン写真を叔母と従姉妹が見せられて、とてもショックだったそうです。粉砕骨折とか言ってましたが、、、肩の骨がバラバラに粉砕してる?そんな言葉があるとは・・・


私への説明は、ドクターらしき人が部屋に来て、
手術をしても治るかどうか分からないが、手術には感染症などのリスクがある。もし手術をしないということならこのまま帰ってもいい、自分で決めろ、ということでした。


はぁ?ですよね。自分で決めろって・・・何?
一日悩みましたが、手術しても治るかどうか分からないのにリスクを負うのはイヤだと思い、次の日、手術はしませんと伝えました。両手が使えない状態で家に帰ったらどうなるんだろう?という心配は有りましたが、もうどうにでもなれと思っていました。私はその時、(今もですが)母の介護をしていたので、とにかく早く家に帰らねばという気持ちが強過ぎたんですよね。しかし、自分にも介護が必要な状態で家に帰ったらどうなるのか!?
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# by chilinh | 2016-06-23 12:01

救急病院で・・(2)

その晩は、何かにたとえるならば、、、痛みの海の底でただじっと耐えているみたいな感じで、、、でも明日の夜を過ぎて3日目からはだんだん良くなる方に向かうというのが今までの経験で分かったいたので、、、、だから、、、ただただ耐えている、、、でした。


翌朝、カーテンが開けられたので、部屋(四人部屋)の皆さんにいちおうご挨拶しましたが、好奇心の眼差しハンパない!どこかの知事さんみたいに質問攻めに遭いましたが、謝ることは一つもないので大丈夫でした。(笑)


世の中にはいろんな人がいる、ということは分かってはいましたが、4か月近く入院してて、本当にそうなんだ、ということを強烈に実感しました。無作為に選ばれた(?)人達のキャラの濃さと多様さは、ドラマなんかよりずっとずっとすごかったです。


特に私の居た310号室は、いまだに語り継がれるほど(笑)強烈でした。1ヶ月間この部屋で暮らしたわけですが、転院する頃には、みんなで励ましあう家族のような感じになりましたね~。むちゃくちゃ痛いけど、入院はちょっと楽しいと思えるようになりました。
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# by chilinh | 2016-06-17 22:59

救急病院で・・

搬送された病院で、まず、痛み止めの薬を飲まされて、雨で濡れたズボンを脱がすように指示が出て、、、、

えっ!今日に限って変なパンツはいてる(><)

と思う間もなく、上も脱がされて・・・

みなさん!いつ脱がされてもいいような状態でいましょうネ!(忠告?)


で、たくさんレントゲンを撮られて、右肩と左小指の骨折が分かりました。


肩の方は取りあえず三角巾などで固定して、小指の方は、、、、


注射を2本打って、小指を何かぐりぐりっと力づくみたいに動かして、折りたたんで金属のようなもので固定されました。

そのまま病室の方に運ばれるのですが、もう消灯の時間を過ぎていたらしく、周りの静けさの中で一人茫然としていました。

が、実は、周りの患者さん達も、暗闇の中、どんな人がどんな事故で来たのか興味津津だったようです。

これから始まる壮絶な(ちょっと笑)入院生活。
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# by chilinh | 2016-06-10 23:39

1月29日のことでした・・(2)

加害者は23歳の男子大学生ということでしたが、暗くてよく見えませんでした。ちなみに、謝罪に来ることもなかったので、今でもどんな人なのかわかりません。保険会社にお任せ!みたいな対応ですよね・・・


大学生は、ここがどこか分からないと言って走り回っていましたが、車で通りがかった女の人が、テキパキと指示を出してくれて(ほんとうにありがとうございました)やっと救急車で搬送されることになりましたが、受け入れてくれる病院がなかなか見つからずにかなりの時間がたったような気がします。


私は、とにかく痛くて、と言うか次元の違う痛みで、ふつうの意識がとんでしまっていました。後で書類を見たら、意識を失ったと書いてありましたが、失ってはいなくて、あまりの痛みに外部とのかかわりを拒絶していたように思います。



ただ、救急車の人たちが、コートが脱がせられないから切ろうかと相談しているのを聞いた時は、「ぁ、はいはい、脱ぎますから」と起き上がったのを覚えています。コートを切られたら、いやじゃん!(笑)



で、病院に運ばれることになるのですが、、、、長い話なので、少しずつ書いていきますね。自分のために記録しておきたいので。
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# by chilinh | 2016-06-04 22:25