ウブレチド

使われた薬は
ウブレチドとエブランチルでした。


退院してからしばらくすると、変なことが起こりはじめました。体調不良はよくあることなので、倦怠感やお腹の具合が悪い、などはそんなに気にならないんですが、明らかに普通じゃないことが・・・

・天気がいいのに、暗い暗いと言う。(後で縮瞳ということが分かりました)

・汗が出ていたので(この時は冬)着がえさせたら、直後にシャツがビショビショになって、また着がえる。大げさではなく、着がえた瞬間にもう濡れてる、みたいな。

・呼吸が困難になる

・唾液が溢れる


何が起っているのか?!
もしかして、、薬?

ネットで「ウブレチド」を検索したら、まさにピッタリの情報が!その頃パソコン始めていたことが本当によかったなぁと思います。

# by chilinh | 2019-02-15 21:08 | 物語は・・・

Oh Nyo!

腰痛はまったく問題無し! でしたが、尿がぜんぜん出ないので泌尿器科を受診してみようかということになり、言われた病名が「神経因性膀胱」でした。
神経に問題があって尿意が脳に伝わらない、で、膀胱が排尿しようとしない、でいいのかな?たぶんそんな感じ。(心当たりがあります。何十年も前ですが、子宮癌の手術をした時に神経を傷つけたものと思います)

思うに、膀胱が常に満杯状態で巨大化して、周りを圧迫しているので腰痛を感じた、ということじゃないかな?素人考えですが。

ちなみに、以後腰痛はまったくないです。

で、この状態をどうするのか・・・

女の先生でしたが、
「自己導尿の指導をします」と・・・

しかーし!本人が「そんなことはできません」と泣いて訴えたので、先生が、この人はダメ人間なんだと判断されて(そりゃそうだよね・汗💦)薬で対処することになりました。

入院を延長して、
薬を飲んで尿量を計りながら様子を見て、大丈夫ということで退院することができました。

家では、一日でも早く病気が治るようにと、せっせと薬を飲んでいました。

勘違いしていたのです。薬で「神経因性膀胱」は治らないのです。薬の作用で、言えば無理やり排尿させているだけで、この後、思いもよらぬことが起こりました。薬の副作用です。

# by chilinh | 2019-02-14 12:05 | 物語は・・・

「物語」の始まりは・・・

もともと腰痛があったのですが、その時は倒れて動けない状態になりました。

数日前から体を支えてトイレに行っていたのですが、その日は、痛くて便座に座ることもできなくなり、夜、トイレの前で倒れて朝までそのままそこで寝ました。

朝、近所の病院に助けを求めましたが、対応してもらえず、結局、救急車で救急病院に運ばれました。今思えば、倒れた時点で救急車デスよね。でもその時は選択肢になかったです、意識あるし、立てないだけだし、救急車なんて考えもしなかったデス(笑)


整形外科に入院して一週間ほどで腰痛は問題なくなり、さぁ退院かという時に、本当の問題が現れました。


治療は鎮痛剤と安静にしていることなので、ベッドから降りられないため尿バッグを付けていたのですが、それを外しても尿が全く出なくなりました。ここから、私にとって「大河ドラマ」のような「物語」が始まります。


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    「 雨 」  2010 02 16

# by chilinh | 2019-02-08 14:10 | 物語は・・・

2010年1月25日

ウチは写真のブログなので、日記のように日々の出来事などはあまり書いていませんでした。写真のブログだからね、写真の! 最近、ぜんぜんそうは見えませんが・・笑 
と言っても、撮った時の状況はけっこう記憶にあるので、写真を見ればその時のことが分かるという、思わぬ゙いいこどがありました。
で、この「物語」がいつ始まったのかを調べてみると、8年前にこの記事↓を見つけました。写真を頼りに可能な限り記録に残そうと思います、自分のために。最後の時間も、夢だったのか?みたいにどんどん曖昧になっているので。







2010年1月25日の記事です

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※病院の廊下で、「あ~、夢のようね」という言葉が聞こえた。
リハビリで歩行訓練中の人が、私が急いで歩いているのを見て、あんなふうに歩けたことが夢のようだと言っているらしかった。私も、不安や焦りで急ぎ足になっていたので、夢のようという言葉は、なんとも言いようのない気分になるものだった。
(ちょっと、余裕が無くなってきたので、しばらく更新できないと思います。)

# by chilinh | 2019-01-24 23:05

12月14日に・・・

点滴で、ある程度は栄養がとれるようになったので、血圧も90位まで上がり、目を開けられるようにまでなりました。できたらもう一度しゃべれるようにならないかと期待しましたが、そこまでは無理でした。足から感染症にかかっており、栄養と一緒に抗生剤の点滴もしていましたが改善せず、途中で強い薬に替えられました。それから意識が戻ることはなく、血圧も80から60位を行ったり来たりで、ずっと計器を見ていました。はやく抗生剤の点滴が終わればなぁと思っていましたが、抗生剤は止めることはできないと言われて、それは本当にがっかりしました。結局、死因は感染症ということになりました。



HCU(ハイケアユニット)は、自由に出入りができない、面会時間も15分くらい、という重症患者だけが入っている部屋でしたが、ウチは、ずっと付き添ってもいいと言われました。叔母が、一人で逝かせることはできないと言うもんで、何日かは交替で頑張っていましたが、さすがにずっと付き添うことは無理です。ちょっと落ち着いたかなと思えたので、夕方帰りましたが、夜になって、先生から「今夜か明日か・・・お会いになっておいたほうが・・・」というような電話があって、さっき帰って来たばかりなのに、と思っても、そう言われれば、、、夜中でも行きますよね。叔母もタクシーで、5000円もかかったとか言いながらもやっぱり来ました。

その晩は、叔母だけが付き添って(一人しか泊まれないので)私は次の日の朝早くまた来ましたが、何事もなく落ち着いていました。その後も、交替で付き添っていましたが、計器を見ていると、よくなったり悪くなったり、それで一喜一憂、でした。

13日の夜は叔母が泊まって、朝、私が行くと、先生から転院の話があった、とショックを受けていました。ここは救急病院なので、2週間くらいしか居られないのですが、こんな状態でどこの病院が受け入れてくれるのか?とんでもない病院だったらどうしようとか、叔母がとても心配して、ずーっとグチグチ言ってました。ここに居させてほしいけど・・・




昼頃、叔母が帰ると言うのを、無理やり、お昼ごはん食べて帰りーよと、コンビニのお弁当をラウンジで食べていた時、叔母の携帯が鳴って、、、病院からでした。私はマナーモードにしていたし、無理やりお昼を誘わなければ叔母は帰っていたし、最後に誰も居ないという結果になっていたでしょう。病室で、転院の話を困った困ったと言っていたのが聞こえたのか、二人が病院に居る時に逝きました。




葬儀は美花園にお願いしたのですが、今日が一ヵ月になるというので、昨日、お花をたくさん届けてくれました。名前の通り、美しい花でした。これからも節目節目に頂けるそうです。美花園さん、ありがとう!

# by chilinh | 2019-01-14 23:28 | 物語は・・・

病院で・・・

介護施設の院長の言葉がなければ、そのまま静かに家で看取るという道を選んだかもしれませんが、家で亡くなったら手を貸すことはしないと言われれば、、、やっぱり救急車を呼ぶしかありません。救急車内での状態は、体温32度、血圧は60程度。

病院は、いつもお世話になっている九州中央病院が引き受けてくれました。何時間か待って治療室に呼ばれた時は、意識が戻っていて、言葉は出ませんでしたが、あ、、という感じでこちらを見ていました。点滴も足の治療もしてもらっていたので(※) 肩にのしかかっていたものが、とりあえず取れて、家に帰りました。



※ 「介護施設では」
家では、ほとんど強制的に食べさせていましたが、施設ではあまり食べられてなかったので、点滴をしてくださいとお願いしても、血管が見つからないからできないと言われていました。
足は、皮膚が破れて、悲惨な状態でした。栄養がとれないことが原因なのか、足が浮腫んで象さんの足状態でした。それが限界にまで来たのか、まず左足のかかとが破れて水分が流れ出しました。それから足の甲に噴火口のような穴が開き、左足は膝の近くまで皮膚がほころびる様に破れていき、足元に水溜りができるほどでした。「処置しました」と言われるのでそれ以上何も言えなかったのですが、、、シートを貼って、おむつ用のパットで足を包み、おむつのブーツを履いているようでした。これで改善するのか? そんなわけないよな、と思いながら・・・



病院に着いて数時間で、点滴で意識が戻り、足の治療をしてもらって腫れもなくなっていました。それだけでも病院に受け入れてもらったことに感謝しています。

# by chilinh | 2018-12-30 23:51 | 物語は・・・

12月4日に・・・(続き)

この日の午前中に、院長先生(病院が併設されている)に呼び出されて介護施設のほうに行きました。

   月・火    デイサービス
   水・木    ショートステイ
   金      訪問介護
   土      デイサービス

今まで↑のようなサービスを受けていたのですが、ショートステイを増やせ、というよりもう入所したほうがいいというような内容で、自宅で死亡した場合、ウチは在宅医療はやってないから駆けつけるようなことはしないと言われました。

しかし、一年ほど前に、副院長(院長先生の娘さん)に、アルブミンの数値が低くて、もういつ死んでもおかしくない状態であることと、何かあったら救急車を呼ばずにウチに連絡すればすぐ対応する、という話を聞いていたので、院長先生、何を言ってるんですか?という感じでした。入所しなければワシャ知らんぞ!ですか?

こんな話を聞いたことありませんか?  
死亡した後で救急車を呼んだら、不審死ということで警察に調べられる・・・

このままにすれば、恐らく明日の朝には亡くなっていると思います。介護施設があてにならないのならば、やっぱり救急車しかない!

# by chilinh | 2018-12-26 23:24 | 物語は・・・

12月4日に・・・

4時半ごろデイサービスから帰って来た時は、あまり意識がないような状態で、、、でもなんとかおやつのようなものを食べさせてベッドで休ませました。7時半が夕食の時間なので、起こしてみたら「あぁ、、」っと声を出して意識はあるようでした。とにかく栄養をとらなくてはならないので、半ば強制的にスプーンで押し込むような感じで食べさせていたら、、、

嚥下障害があるので、続けて食べることはできなくて、ムース状のものをスプーンで二口ほど食べたらしばらく休んで、むせたら吸引をしたり、みたいなやり方で、食事には1時間以上かかっていました。


しかしこの日は、飲み込むというより勝手に流れて入って行くという感じで、しかもむせないので、、、とにかく栄養をとらねば!と、食べてもらうのに必死でした。が、突然、歯を食い縛って固まったようになってしまい、とにかくベッドに寝かせたものの、明らかに尋常じゃないのですが ・・・・

# by chilinh | 2018-12-24 23:30 | 物語は・・・

物語は・・・

平昌オリンピックの頃、2月23日にこんな記事を書いていました。


物語の主人公が立ち上がる限り 物語は続くんだ

毎日聞いているあの歌、とても心に響きます。初めて聞く声だけど、こども?(笑)添加物の入ってない食品みたいで、気持ちいいです!

ワタクシも、アスリートではないですが、何度も立ち上がって、物語を続けていますね~・・・  10年ほど前に、母親が介護が必要になってから何度も、もうダメ状態が繰り返されて、その度に立ち上がって、物語は続くんだ!をやってます。

病院は、言葉は悪いですが、廃棄処分的な判断をして、物語を終りに導こうとしますが、その度に立ち上がって物語を続けています。病院の判断に逆らうのは非常に難しく、病院に拒絶されたらおしまいなので、なんとか波風立てないように気を使いながら、へーこら状態で、でも自分の判断に従っています。で、全勝しています。(笑)
そして、物語は続くんだ デス。



主人公が立ち上がる度に続いていた物語は、もう一人の主人公が立ち上がることが不可能になったことで終わりになりました。   物語は終わりです。


# by chilinh | 2018-12-21 23:32 | 物語は・・・

今、蚊に刺された!


# by chilinh | 2018-12-04 19:22