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理解できない

退院してからは、介護施設に水分補給の点滴をお願いしていましたが、血管が見つからない(見つけてよ!)ということで、いつの間にか中止されてしまいました。なので、一生懸命水を飲ませていたのですが、焦って誤嚥!やってしまいました。吸引器で吸い出しましたが、結局また誤嚥性肺炎、入院・・

でももう、肺炎くらいでは驚かないようになってしまいました。

しかし、この後、尿が出なくなってまた入院した時には、いったいどうなっているのか分からなくて・・

尿バッグに全然尿が溜まってなかったので、詰まってしまったかと思い洗浄しても改善せず、尿バッグを外して導尿してみたらドロドロしたものがわずかに出ただけで、尿はほとんど出ていない・・

危ない状態だと思い、病院に連れて行きましたが、点滴をしてもらったら普通に出るようになりました。水分不足だったかなと反省しましたが、ヘドロのようなものが混じっていて、何か悪いものを洗い流してしまえば治るのかなと思っていました。毎日、今日はきれいになっているかなと期待しながら病室に入るのですが・・・

結局、状況は全く変わらず、かなり入院か長引いた後に詳しい検査をすることになりました。

結果、膀胱と腸が癒着しており、尿に便が混じっているということでした。言い方は変ですが、そんなことができるの?と思いました。膀胱にちょっとでも便が入ると尿路感染症になるというのに、大量の便が混じってもなぜ大丈夫なの?説明もなかったので、全く理解できない--

# by chilinh | 2019-07-22 12:56 | Comments(0)

お土産がいっぱい

退院する時は、持ちきれないほどのお土産が!

>膀胱洗浄の用具一式、これがけっこうかさばる。
>吸引器、重いです。

介護タクシーの人に手伝ってもらって運びましたが、これからこの荷物を使った作業が追加されるわけですねぇ・・・

・尿バッグの管理、膀胱洗浄、
・食事前に痰の吸引、吸引器の洗浄

今までも、ほぼ全介助で、これ以上仕事が増えて生きていけるだろうかと思いましたが・・・


付録のお土産!
乗り換えが面倒なので、私は毎日、博多駅から竹下まで約一駅歩いていました。おかげで、アスリート並の肉体を手に入れました。って、相当大ウソ(笑)ですが、これ位のお土産と言うかご褒美はあっていい!







# by chilinh | 2019-07-16 12:38 | 物語は・・・ | Comments(0)

「さく病院」のこと

転院先の「さく病院」は竹下にあります。

竹下・・・JR博多駅の次の駅なので、案内で「次はぁ竹下」とかよく聞いていたけど、実生活では、「竹下ぁ?それどこにあるのぉ?」な感じで、ワタシ的には圏外と言うか、足を踏み入れたことがない!つまり、すごーく遠い!

ま、そんなことはどうでもいいことですが(笑)

歴史ある佇まい(古い?)の病院で、リハビリの優しい時を過ごさせてもらいました。理学療法士さんと作業療法士さんが午前と午後にていねいに指導してくれます。

私は、リハビリをしてもらっていると、とにかく嬉しくて羽根が生えたように体が軽くなる。一時的に肩の荷が降りた状態?

それと、栄養と水分補給のために点滴を続けてもらったので、状態は格段に良くなりました。脱水状態だったそうです。

前の病院で水分が足りてないのは感じていたのですが、食事管理されていたので手出しできませんでした。車椅子を借りて散歩に連れ出しても、意識が飛んで、しおれた花🥀のようでした。ここで水をもらってシャキーン!みたいな♪


談話室には、古ーいグランドピアノがあって、ベコーンカシャーンみたいな音ではありましたが、心癒やされました。弾かなくてもあるだけで。

ここでずっとリハビリ生活を続けたいけど、それはムリなんですよねぇ・・・






# by chilinh | 2019-07-14 16:25 | 物語は・・・ | Comments(0)

ドクターはバルーンがお好き?

入院は、当然のように(?)前に書いた「細菌に乗っ取られる人」の、肺炎と尿路感染症です。

内科に入院した時は大丈夫だったのですが、泌尿器科の時は、先生がバルーンカテーテル留置を続けるという判断をされて、また長いこと苦しみが続くことになります。

ここ九州中央病院も救急病院で長く居られないので、リハビリのために転院です。アタシ的には、今度の病院で外してもらえばいいやと思っていたのですが、実際は、最初の病院の判断を変えることは難しいらしくて、この後もどこに頼んでも断られました。責任問題になるんですかね・・・

以前には指示がなかったことなんですが、今度は毎日膀胱洗浄するように言われました。カテーテルが詰まって尿が出なくなることがあるそうで、、

膀胱洗浄ってしたことありますか?(ないよね!笑)

尿バッグの上の方に付いているゴム製の栓のようなところから、大きな注射器のようなもので生理食塩水を膀胱に入れて、同じ量を吸い出す、のですが、用具をそろえるだけでも・・・

生理食塩水、それを入れる滅菌の紙コップ、大きい注射器のようなもの、全て店頭で入手できるものではなく、本人が診察を受けて病院からもらうしかないのです。
介護タクシーでも病院に行くことはなかなかたいへんで、私だけで用具をもらいに行くことはできないのか?

・・・できないそうです。

しかも洗浄しても直ぐにまた詰まってしまい、やり直したり、尿バッグごと取り替えることになったり・・・
こんな苦労をしてバルーンにする意味があるのか・・・


・・・難儀なこっちゃ・・・







# by chilinh | 2019-07-12 19:13 | 物語は・・・ | Comments(0)

病老介護

私は肩の骨折で、介護がとんでもなく難しくなって、退院してから何ヶ月かは従姉妹の助けを借りて乗り切りました。どんだけエエ子なんや(笑)
とは言っても、従姉妹ちゃんにも生活があるので、また就職活動から始めなくてはならずたいへん苦労してました。

老々介護ならぬ、病老介護は相当すごいことになってました。移乗させるのに抱えることができないので、本人が私につかまって立ち上がってくれないと、、、「ギャー!ちゃんとしてよー!」ほぼ半狂乱!(汗)

あと、嚥下の問題に排泄の大問題、崩壊寸前・・・

そんな中で、もちろん(←と言うのもおかしいですが)細菌に感染してまた入院・・・
これから何回か九州中央病院でお世話になるのですが、ここは全部個室で看護体制も充実しているようで、とにかく一瞬でもいいから楽になりたい、ちょっとでいいから安心して休みたい。ここならお願いできる・・・



# by chilinh | 2019-07-08 07:44 | 物語は・・・ | Comments(0)

1ヶ月で

私はこの事故で、4ヶ月近くの入院とその後数年のリハビリをすることになるのですが、、

夜、買い物に行ったまま救急車で運ばれてしまい、ベッドに座ってテレビを見ていた母親は自分で移動することもできず、もし私が死んだり意識を失ったりして、そのまま放置されることになっていたらと思うと、、、

警察の人が家まで行ってくれて、ほったらかしにしていた携帯を探してくれて、叔母に連絡してくれて、ほんとう感謝しています。
その後、叔母と従姉妹が全部対応してくれて、デイサービスでお世話になっていた施設に入れてもらうことができました。突然のことなのによく受け入れてもらえたなぁと思います。感謝!

従姉妹は介護関係のパートをしていたのですが、辞めて、この状況を全部引き受けてくれました。ただ、介護の仕事は申し出て1ヶ月は辞めることはできないので、その1ヶ月は受け入れてくれた施設にお世話になりました。

しかし、その1ヶ月で想像以上のダメージを受け、上昇気流に乗るどころか、墜落事故かと思うほど状態が落ちてしまいました。その介護施設は決していわゆるブラックではなく、頭が下がるような心のこもった扱いをしてもらってました。しかし、入所するとたった1ヶ月で、、、

褥瘡が腰の後ろと左右にできて、安全に寝かせることができずにたいへん苦労しました。もちろん体も頭もレベルが落ちて、その後歩く練習は一度もできておらず、一人で座ることさえできなくなっていました。
たった1ヶ月で...


# by chilinh | 2019-06-30 15:45 | 物語は・・・ | Comments(0)

上昇気流に乗れたのに

当然、ぐちゃぐちゃの(笑)介護食しか食べられませんが、それでも「鼻からチューブ」とは次元の違う、言えば人間らしい入院生活を送れるようになった訳で、頑張れば元のようになれるかもと思いました。

退院は、「ふるる」というムース状の介護食に限るという条件で許可されました。たくさんの皆さんのお見送りを頂き、介護タクシーで華々しく(笑)退院しましたが、皆さん大事なことを忘れていたらしく「あっ!先生に知らせるの忘れた!」という落ち(?)が付いて、無事帰還致しました。先生にお礼は言えませんでしたが(笑)食べられるようになった時のうれしそうな様子、忘れません。



この後、介護食に限るという指示をあっさり破り、どんどん食べる練習を進め、秋に退院したのに誕生日(11・23)には、ケーキや食べられそうなお寿司まで行きました。「先生に見せたいねぇ」とか笑いながら。


歩く練習も始めて、明るい未来に向かっている感さえあったのですが、冬になって(2016-1-29)私が交通事故に遭い、長期入院になってしまいました。


# by chilinh | 2019-06-18 12:14 | 物語は・・・ | Comments(0)

めでたしめでたし

ふだんは、病院に逆らうことは決してしません。前にも書きましたが、「仰せに従います!的態度」で、でも、なんとか自分で違う方法を探してこれまで乗り越えてきました。でなければ、物語は早くに終わっていたと思います。


しかし今回は、チューブを外してもらわないことには何も始まらない、その場足踏みしているうちにどんどん後退している状態?


慎重で心優しい先生は、ハムレットのように悩み苦しんで(笑)おられました。私が「何も言ってませんよ」と言ったら「言わなくてもヒシヒシと感じます」とか言いながら、でも完全に腰が引けまくっていました。が、ビームはヒシヒシと、だったようです。
嚥下指導の(指導はしてなかったですが)先生には、私的マックスのツッコミ入れたので、相当頭に来た状態ではあったようですが、それでもなんとか「試してみる」ところまで行きました。

取り敢えず、ジェリーのようなもので試してみましたが、何の問題もなく飲み込めて、周りの人が「おお!」と驚き、「先生に知らせてくるー!心配してたからー!」と嚥下指導の先生が病室から駆け出して行った!
その時の状況はこんな感じでしたが、今思い出しても幸せな気持ちになる場面です。



と言う訳で、危ない橋渡りまくりではありましたが、退院に向かってリハビリを進めて行くことができるようになりました。
めでたしめでたし!

# by chilinh | 2019-06-15 17:22 | 物語は・・・ | Comments(0)

TATAKAI ♯2

今は患者一人一人にチームで対応するというシステムができているようですね。

医師、言語聴覚士、作業療法士、で「チームチリンママ」ですね。

リハビリはとても優しく丁寧に、穏やかな時間を過ごしていました。リハビリ担当の先生は退院する時も涙を流してくれました。


嚥下指導の言語聴覚士さんは、食べるのは無理と判断されていたので、危険を犯して食べる練習なんかできない(触らぬ神にたたり無し?)という態度でした。

先生は、長ーいこと、判断を先送りしていました。とても慎重な方だとスタッフ全員が声をそろえていたので、仕方ないないかと思いますが、訳の分からない薬だけが増えていきました。

このままでいくと、言葉は適当ではないですが・・・見殺し?
好転していく機会は与えられず、弱っていくのを待つ、いや待ちはしなくとも、飲み込みの練習をしないことには、何も始まらないまま終わる!でしよ!


という訳で、
ワタクシの「TATAKAI」が始まります。
まず、我慢の限界だった嚥下指導の先生に強く強く抗議しました。ちょっとキレました。嚥下能力がないとの判断の元に、何にもしてないんですから。

で、実力行使です。病院に知られたら追い出されますが、駐車場で、隠れて飲み込みの練習を始めました。鼻からチューブが入ったままになっているので普通より難しいはずですが、一度も危ないことはなく、しかも一番難しい水を使ったのに。(もちろんトロミはつけます。食べ物だと何かあった時に大変なことなるので)

必死です。



# by chilinh | 2019-06-06 22:49 | 物語は・・・ | Comments(0)

TATAKAI

「鼻からチューブ」生活が続けば続くほど、嚥下機能は低下していきます。数週間食べていないという理由で「鼻からチューブ」にされたのに、既に何ヵ月も食べていない状態が続いていて、記録(?)は更新されている訳で、、

どうするんですか?先生!

だって、先生にツッコムしかないじゃないですかーっ!という訳で、毎日のように「なにとぞ食べる練習させてくださいませ」アピールをしておりました。「鼻からチューブ」は、とにかく辛そうで、時間もかかるし危険も伴うようだし、家には帰れないし、この状態で受け入れてくれる施設は少ないらしいです。

で、どうするんですか?先生!

繰り返されるバトル(?)
「とりあえずチューブを外して、少しずつ食べる練習しながら、足りない栄養は点滴で補うというのはどうでしょう?」って、提案というより私的にはそれしかないと思うんですが。

もちろん、胃ろうという選択肢はありますが、食べられないのに胃に栄養が供給されることの問題点は、それを止めるという決断を迫られる時が来るということです。命が終わろうとする時は、体が食べ物を受け付けなくなると思うんですが、それでも強制的にエネルギーが補給される、それは本人にとって一体どうなんだろう。

ある女優さんが、親の介護で胃ろうを選んだことに複雑な思いを持っている、という記事を新聞で読みました・・・

# by chilinh | 2019-05-26 16:42 | 物語は・・・ | Comments(0)