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「最後の実践報告」 その1

一、生活綴り方との出会い


私と生活綴り方との出会いは、大学一年生の一般教養での手島先生の講義です。
東井義男の「村を育てる学力」(明治図書)の中から、次のような作文を紹介されました。


   ぼくは、のうはん休みの間 いつも ばんがたになると、かわらに牛をはなしに行き
   ました。
   こないだ行きよったら 牛が ぽんぽこ 走って ぼくが、なんぼとまれといってもとま
   りません。ぼくがふうふういいながらはしってついていくと、とちゅうで牛がとこんと
   とまってしまいました。こんどは、ぼくがいくら「はち」といっても「しっ」とけっても、
   いごきません。おかしいなと思っていると、ぼうのようなしっぽをあげて、しょうべんを
   こきはじめました。そのとき、むこうのゆうやけが しょうべんにうつって とっても美し
   かったです。ぼくは、うまれてから、あんなうつくしいしょうんべんを見たのは はじめ
   てです。


そして、子どもの書いたものを、つまらないものと見るのか、つまらなく見えるものの後ろにあるすばらしいものを見つけ出すかで、教師の仕事はずいぶん違う、ということを熱っぽく話された日のことを、今でも印象深く思い出します。


               ねこ

   やねに ねこが ねています。
   どこから あがったのか わかりません。
   きょうは とうとう しれました。
   うらの かきのきから あがりました。



               きてき

   あの汽笛
   たんぼに 聞こえただろう
   もう あばが帰るよ
   八重蔵
   泣くなよ


このような 生活綴り方の伝統的な作品にも このころふれました。
講義はいつも満員で、おわると 大学の書店で、綴り方の実践記録を買って帰っては読んでいました。



田宮輝夫先生の「生活綴り方の内容と方法」(百合出版)という本に出会ったのもこのころです。すごいな、40何人もいる子どもの、一人一人の内面を、よく こんなにとらえられるものだなぁと感心していました。


大学三年の五月、大学有志が開いた 第一回自主講義で、福岡作文の会の中尾広治先生の実践報告をききました。

半紙4まいのプリントに、びっしりと子どもの作文が書かれた報告でした。あんな迫力のある人を目の前に見たのもはじめてだったし、子どもがどんどんかわっていく姿に ただ感動するばかりでした。

できるように わかるように 子どもをはげまし、親と手をつなぎあっていくのが教師の仕事だ、すごい!!福岡県の中にも こんな先生がいたんだ、私もこんな先生になりたいと胸をあつくし、二回目の自主講座からは、主催者の一人になっていました。

講義の中でも、一年を通して 生活綴り方の歴史を学びました。

その中で、生活綴り方が、国語科の一分野としてではなく、生活科、人生科として位置づけられ、子ども達に、今ある生活の現実を見つめさせるのは、暗さの中に子どもをおしこめてしまうためではなく、暗さを克服するためだ、生活現実がわかったために出てくる元気こそほんとうのものだ、こういう生活綴り方の精神を学びました。

こういう綴り方の精神も、国民学校にかわり、戦争がはげしくなっていくと ”おなかがすいたらひもじいと感じるのはとうぜんだか、主君のためなら『おなかがすいてもひもじくない。』というのも真実” という主張の中で 弾圧されていきました。 


こういうよい出会いに恵まれながら、十三年目の教師生活に入りました。・・・・・にもかかわらずなかなか やさしくきびしい先生になれません。だから せっせとサークルに通っています。
by chilinh | 2007-10-16 00:01 | 直美先生
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