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1ヶ月で

私はこの事故で、4ヶ月近くの入院とその後数年のリハビリをすることになるのですが、、

夜、買い物に行ったまま救急車で運ばれてしまい、ベッドに座ってテレビを見ていた母親は自分で移動することもできず、もし私が死んだり意識を失ったりして、そのまま放置されることになっていたらと思うと、、、

警察の人が家まで行ってくれて、ほったらかしにしていた携帯を探してくれて、叔母に連絡してくれて、ほんとう感謝しています。
その後、叔母と従姉妹が全部対応してくれて、デイサービスでお世話になっていた施設に入れてもらうことができました。突然のことなのによく受け入れてもらえたなぁと思います。感謝!

従姉妹は介護関係のパートをしていたのですが、辞めて、この状況を全部引き受けてくれました。ただ、介護の仕事は申し出て1ヶ月は辞めることはできないので、その1ヶ月は受け入れてくれた施設にお世話になりました。

しかし、その1ヶ月で想像以上のダメージを受け、上昇気流に乗るどころか、墜落事故かと思うほど状態が落ちてしまいました。その介護施設は決していわゆるブラックではなく、頭が下がるような心のこもった扱いをしてもらってました。しかし、入所するとたった1ヶ月で、、、

褥瘡が腰の後ろと左右にできて、安全に寝かせることができずにたいへん苦労しました。もちろん体も頭もレベルが落ちて、その後歩く練習は一度もできておらず、一人で座ることさえできなくなっていました。
たった1ヶ月で...


by chilinh | 2019-06-30 15:45 | 物語は・・・ | Comments(0)

上昇気流に乗れたのに

当然、ぐちゃぐちゃの(笑)介護食しか食べられませんが、それでも「鼻からチューブ」とは次元の違う、言えば人間らしい入院生活を送れるようになった訳で、頑張れば元のようになれるかもと思いました。

退院は、「ふるる」というムース状の介護食に限るという条件で許可されました。たくさんの皆さんのお見送りを頂き、介護タクシーで華々しく(笑)退院しましたが、皆さん大事なことを忘れていたらしく「あっ!先生に知らせるの忘れた!」という落ち(?)が付いて、無事帰還致しました。先生にお礼は言えませんでしたが(笑)食べられるようになった時のうれしそうな様子、忘れません。



この後、介護食に限るという指示をあっさり破り、どんどん食べる練習を進め、秋に退院したのに誕生日(11・23)には、ケーキや食べられそうなお寿司まで行きました。「先生に見せたいねぇ」とか笑いながら。


歩く練習も始めて、明るい未来に向かっている感さえあったのですが、冬になって(2016-1-29)私が交通事故に遭い、長期入院になってしまいました。


by chilinh | 2019-06-18 12:14 | 物語は・・・ | Comments(0)

めでたしめでたし

ふだんは、病院に逆らうことは決してしません。前にも書きましたが、「仰せに従います!的態度」で、でも、なんとか自分で違う方法を探してこれまで乗り越えてきました。でなければ、物語は早くに終わっていたと思います。


しかし今回は、チューブを外してもらわないことには何も始まらない、その場足踏みしているうちにどんどん後退している状態?


慎重で心優しい先生は、ハムレットのように悩み苦しんで(笑)おられました。私が「何も言ってませんよ」と言ったら「言わなくてもヒシヒシと感じます」とか言いながら、でも完全に腰が引けまくっていました。が、ビームはヒシヒシと、だったようです。
嚥下指導の(指導はしてなかったですが)先生には、私的マックスのツッコミ入れたので、相当頭に来た状態ではあったようですが、それでもなんとか「試してみる」ところまで行きました。

取り敢えず、ジェリーのようなもので試してみましたが、何の問題もなく飲み込めて、周りの人が「おお!」と驚き、「先生に知らせてくるー!心配してたからー!」と嚥下指導の先生が病室から駆け出して行った!
その時の状況はこんな感じでしたが、今思い出しても幸せな気持ちになる場面です。



と言う訳で、危ない橋渡りまくりではありましたが、退院に向かってリハビリを進めて行くことができるようになりました。
めでたしめでたし!

by chilinh | 2019-06-15 17:22 | 物語は・・・ | Comments(0)

TATAKAI ♯2

今は患者一人一人にチームで対応するというシステムができているようですね。

医師、言語聴覚士、作業療法士、で「チームチリンママ」ですね。

リハビリはとても優しく丁寧に、穏やかな時間を過ごしていました。リハビリ担当の先生は退院する時も涙を流してくれました。


嚥下指導の言語聴覚士さんは、食べるのは無理と判断されていたので、危険を犯して食べる練習なんかできない(触らぬ神にたたり無し?)という態度でした。

先生は、長ーいこと、判断を先送りしていました。とても慎重な方だとスタッフ全員が声をそろえていたので、仕方ないないかと思いますが、訳の分からない薬だけが増えていきました。

このままでいくと、言葉は適当ではないですが・・・見殺し?
好転していく機会は与えられず、弱っていくのを待つ、いや待ちはしなくとも、飲み込みの練習をしないことには、何も始まらないまま終わる!でしよ!


という訳で、
ワタクシの「TATAKAI」が始まります。
まず、我慢の限界だった嚥下指導の先生に強く強く抗議しました。ちょっとキレました。嚥下能力がないとの判断の元に、何にもしてないんですから。

で、実力行使です。病院に知られたら追い出されますが、駐車場で、隠れて飲み込みの練習を始めました。鼻からチューブが入ったままになっているので普通より難しいはずですが、一度も危ないことはなく、しかも一番難しい水を使ったのに。(もちろんトロミはつけます。食べ物だと何かあった時に大変なことなるので)

必死です。



by chilinh | 2019-06-06 22:49 | 物語は・・・ | Comments(0)