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これは 実話です ♯4

もう何でもいいからここから逃れようと思い、退院を打診しましたが、院長がニヤニヤしながら「まだまだ」と。悪魔にみえましたよ、冗談じゃなく!

何度か、話そうと試みましたが、なんか避けられてると言うか逃げられると言うか・・

そのうち、ゴールデンウィークにかかりそうになってきたので、このままでは、訳の分からない点滴するだけの入院が1週間位は伸びてしまうと思い、
意を決して、
「予想していたより入院が長引いており、準備していたお金が無くなりました」みたいな手紙を、看護師さんに頼んで院長に渡してもらったら
!!!!
即、退院になりました!
カネの切れ目が縁の切れ目?と思いました。
しかし、大量の薬の処方せんはしっかりと渡されましたが。


導尿の指導をお願いしただけなのに、体は動きが格段に悪くなり、38度の熱はそのままで、全身の皮膚がボロボロ剥がれてくる、、信じられない、地獄のような入院でしたが、たぶん誰に話しても信じてもらえないなと思って、一応「これは実話です」というタイトルにしましたが、伝わらないですよね。(涙)



# by chilinh | 2019-03-04 18:45 | 物語は・・・

これは 実話です ♯3

「自己導尿の指導をしてください」ということと、
「薬は使えません」ということは、最初に伝えてありましたが、薬はずっと出てました。薬が使えないから自己導尿をしなければならなくなったというのに、、
家が近いということもあって、朝と昼行って、薬を持って帰っていました。飲んだふりですが、薬が無理なのはイヤというほど分かっていたので。

その上、「貧血がある」と言って、毎日点滴をしていました。貧血なんて今まで言われたこともないし、2ミリのポリープ手術しただけで貧血かよ?!と思いましたが。

点滴は、栄養補給的なものと、驚くことに、血液製剤と思われるものでした。分かった時は衝撃でした。有るか無いかの貧血に血液製剤を使うものか!?



そして、だんだん変なことが起こり始めました。

リハビリと言うか、歩く練習とかも私がしていたのですが、どんどん動きが悪くなってきました。点滴で何時間も動けないせいだと思われます。

その上、微熱から、だんだん38度前後が続くようになり、退院まで下がることはありませんでした。しかも夜中に錯乱状態になることがあり、夜勤の人が大変だったようです。熱があるとお風呂はダメということで、退院まで風呂無し。
素人判断ではありますが、熱の原因は、血液製剤の点滴だと思います。点滴をすると気持ちが悪くなると言っていました。(栄養の点滴のほうは気持ちが良くなると)

こんなことしてたらとんでもないことになるんじやないかと、夜中に不安が大きくなってきて、明日の点滴は止めてもらおうと病院まで走ったこともあります。

# by chilinh | 2019-03-03 00:31 | 物語は・・・

これは 実話です ♯2

導尿の練習は、泌尿器科歴ン10年の看護師長さんがちゃんと指導してくれましたが、なにしろ本人の体調がめちゃくちゃなもんで(入院や薬の副作用のため)、なかなかスンナリとは行きません。

自己導尿は、保存液と消毒液が必要ですが、その管理からして思うようにいきません。ここは難しくはないんですけどね。

次に、鏡を見ながら管を尿道に差し込む、これが難しい!!まずは、場所が分からない!これは私が介助する時も苦労するところではありますが、できる時もあれば、どうしてもできなくて諦めてしまう時もありました。

無事終了したら、器具を洗って保存液に入れる。最初に書いたように、これがなかなかちゃんとできません。



という訳で、入院が長くなりました。1週間くらいで大丈夫かなと思っていたんですが。

さて、確かに自己導尿の練習は思ったより手間取りましたが、本当の問題は、治療方針、と言うか、

院長の[したこと]でした。



# by chilinh | 2019-03-01 21:04 | 物語は・・・

これは 実話です

家の近くの泌尿器科に自己導尿の指導をお願いしに行きました。近所であれば何かあった時に助けてもらえるだろうと思ったのですが・・・

最初に、丁寧な診察があり(←これは当然なことかなと思いましたが)導尿の練習をさせて欲しいと伝えていたのに、突然、手術をすると言われました。

「膀胱にポリープが有り、今はいいが、放っておけばカテーテルが入らなくなり導尿もできなくなる」ということでした。それは大変!と思いますよね。前の病院で見落としたのかな?とかも思ってしまいました。

で、手術しましたよー!
叔母まで来て、大々的(?)に。

執刀医は院長の息子さんでしたが、手術が終わって、
「ポリープは2ミリでした。」という説明。

ぇ・・・目が点になる、とはこういうこと?

普通、切除した患部は家族に見せますよね、医師の義務かどうかは知りませんが。でも、2ミリじゃ見せられなかったんでしょう。気のせいだったかもしれないですが、申し訳無さそうに見えました。

とても手術が必要だったとは思えません。


これから、
「これは実話です」と言わないといけないようなことが続きます。信じてもらえるかどうか・・・


# by chilinh | 2019-02-26 21:50 | 物語は・・・

自己導尿へ

尿バッグを体の一部として生活するということは、

・ベルトにバッグを引っ掛けるか、手でハンドバッグのように持つ。裸ではないので、服の外にカテーテルを出す方法を工夫しなければならない。

・椅子に座る時は、バッグを引っ掛ける場所を確保しなければならない。尿バッグが腰より低い位置でなければならない。なので、床に座るのはバッグを置くことが出来ないので難しい。

・ちょっと立ち上がったり、何気なく移動しようとしたらバルーンが引っ張られて危険。

車椅子か寝た切りであればさほど問題ではないと思われますが、普通に暮らすにはかなり行動か制約されます。


でも、そんなことはどうにかなることです。
ネットの情報ですが、
一番の問題は、膀胱自体が崩れて行くことで、
カテーテルで尿が常に出ている状態なので、膀胱は尿を溜める必要がなくなり、常に緩んだ状態で、ぐちゃっとなったまま固まってしまう。少しでも早く外すように。
ということでした。

自尿も少しは出ているのに、膀胱の機能が全く失われてしまうことは絶対に避けたいと思いました。

ここから自己導尿を目指す訳ですが、指導をお願いした病院が、何と言えばいいのか、、、
すごい!?病院でした。


# by chilinh | 2019-02-23 20:44 | 物語は・・・

仰せに従います!的態度

即、薬はやめました。
それまでの異常事態は解消しましたが、起き上がれないほどグターッとなって、やっぱり尿も出なくなりました。

副作用についての説明がなかったのが不満でしたが、病院に行くしかないので、、
で、言われたのは、「薬は使えないから膀胱留置カテーテルにする」でした。
尿バッグを付けたままで生活するということです。

自己導尿にしてほしいと伝えましたが
「許可できません。何が問題なのですか?体の一部として生活してください」
と、取り付く島もないお答えで、
今後様子を見て、できそうだったら、近くの病院で指導してもらうということは、何とか許可してもらいました。

内心、体の一部として?そんなことできるか!絶対こんな袋取ってやる!と思っていましたが、お医者様には逆らえないので、うわべだけは仰せに従います!的態度。これからも何度も繰り返されるこのパターン!しかし、それで8年も生き延びられたと思っています。

# by chilinh | 2019-02-19 20:47 | 物語は・・・

ウブレチド

使われた薬は
ウブレチドとエブランチルでした。


退院してからしばらくすると、変なことが起こりはじめました。体調不良はよくあることなので、倦怠感やお腹の具合が悪い、などはそんなに気にならないんですが、明らかに普通じゃないことが・・・

・天気がいいのに、暗い暗いと言う。(後で縮瞳ということが分かりました)

・汗が出ていたので(この時は冬)着がえさせたら、直後にシャツがビショビショになって、また着がえる。大げさではなく、着がえた瞬間にもう濡れてる、みたいな。

・呼吸が困難になる

・唾液が溢れる


何が起っているのか?!
もしかして、、薬?

ネットで「ウブレチド」を検索したら、まさにピッタリの情報が!その頃パソコン始めていたことが本当によかったなぁと思います。

# by chilinh | 2019-02-15 21:08 | 物語は・・・

Oh Nyo!

腰痛はまったく問題無し! でしたが、尿がぜんぜん出ないので泌尿器科を受診してみようかということになり、言われた病名が「神経因性膀胱」でした。
神経に問題があって尿意が脳に伝わらない、で、膀胱が排尿しようとしない、でいいのかな?たぶんそんな感じ。(心当たりがあります。何十年も前ですが、子宮癌の手術をした時に神経を傷つけたものと思います)

思うに、膀胱が常に満杯状態で巨大化して、周りを圧迫しているので腰痛を感じた、ということじゃないかな?素人考えですが。

ちなみに、以後腰痛はまったくないです。

で、この状態をどうするのか・・・

女の先生でしたが、
「自己導尿の指導をします」と・・・

しかーし!本人が「そんなことはできません」と泣いて訴えたので、先生が、この人はダメ人間なんだと判断されて(そりゃそうだよね・汗💦)薬で対処することになりました。

入院を延長して、
薬を飲んで尿量を計りながら様子を見て、大丈夫ということで退院することができました。

家では、一日でも早く病気が治るようにと、せっせと薬を飲んでいました。

勘違いしていたのです。薬で「神経因性膀胱」は治らないのです。薬の作用で、言えば無理やり排尿させているだけで、この後、思いもよらぬことが起こりました。薬の副作用です。

# by chilinh | 2019-02-14 12:05 | 物語は・・・

「物語」の始まりは・・・

もともと腰痛があったのですが、その時は倒れて動けない状態になりました。

数日前から体を支えてトイレに行っていたのですが、その日は、痛くて便座に座ることもできなくなり、夜、トイレの前で倒れて朝までそのままそこで寝ました。

朝、近所の病院に助けを求めましたが、対応してもらえず、結局、救急車で救急病院に運ばれました。今思えば、倒れた時点で救急車デスよね。でもその時は選択肢になかったです、意識あるし、立てないだけだし、救急車なんて考えもしなかったデス(笑)


救急病院の整形外科に入院して一週間ほどで腰痛は問題なくなり、さぁ退院かという時に、本当の問題が現れました。


治療は鎮痛剤と安静にしていることなので、ベッドから降りられないため尿バッグを付けていたのですが、それを外しても尿が全く出なくなりました。ここから、私にとって「大河ドラマ」のような「物語」が始まります。


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    「 雨 」  2010 02 16

# by chilinh | 2019-02-08 14:10 | 物語は・・・

2010年1月25日

ウチは写真のブログなので、日記のように日々の出来事などはあまり書いていませんでした。写真のブログだからね、写真の! 最近、ぜんぜんそうは見えませんが・・笑 
と言っても、撮った時の状況はけっこう記憶にあるので、写真を見ればその時のことが分かるという、思わぬ゙いいこどがありました。
で、この「物語」がいつ始まったのかを調べてみると、8年前にこの記事↓を見つけました。写真を頼りに可能な限り記録に残そうと思います、自分のために。最後の時間も、夢だったのか?みたいにどんどん曖昧になっているので。







2010年1月25日の記事です

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※病院の廊下で、「あ~、夢のようね」という言葉が聞こえた。
リハビリで歩行訓練中の人が、私が急いで歩いているのを見て、あんなふうに歩けたことが夢のようだと言っているらしかった。私も、不安や焦りで急ぎ足になっていたので、夢のようという言葉は、なんとも言いようのない気分になるものだった。
(ちょっと、余裕が無くなってきたので、しばらく更新できないと思います。)

# by chilinh | 2019-01-24 23:05